タミヤ ホーネット(1台目)

1984(昭59)年 発売 一定期間ののち、生産終了
2004(平16)年 500台をプレゼント企画分、先行生産。同年復刻発売 同年購入
名車、ホーネットです。1984年その当時は、私は中2でした。もちろん、バギーブームの只中。RCは、関心はあれど、何があるのか全然知らず。偶然見たTV番組で、あれこれ知り始めました。それまでは、あるまんがの第1話で、ワイルドウイリスの存在しか知らなかったのですから。
TVの方は、金曜 午後5:55分から、夢中になって見ていました。

それから、ラジコン雑誌を読み始めました。当時発売の商品群を、知るきっかけでした。このホーネットは、アタックバギーと同時発売。しかし、私は手に入れられませんでした。自慢げなクラスのヤツらたちに、差をつけられたままですね。
高校に入って、ようやくストライカーを入手。でも、RCするヤツなど、周囲にだれもいない。遅れたヤツである私は、差を広げられるばかりだと、感じ取れました。ホーネットは、TVと、雑誌でしか存在しないRCカーでした。
その後、マシンの台数は増加。良く走らせる方法、手法なども一通り覚え、わずかに空いた時間をゲームに注いで、ムダな思いをした時期もありましたが、完全にやめることなく、続いていました。
時は、20年後の2004年。まずは雑誌で、その情報を知りました。
「あのホーネットが、焼酎の懸賞プレゼント賞品に!」
応募方法は、忘れましたが、500人に当選し、しかも完成状態です。XBの基のような気がします。
あのころのホーネット。ストライカーから始めた私にとって、手に入れたいのですが、情報を知った当初から、アキラメていました。
「私、酒を飲まないので」
中学、高校のクラスのヤツらに加え、2004年の当選した500人はもとより、酒を飲める数多の応募者に、なおも差を広げられた失望が持続しました。
でも、なぜ500台? 型出して成型に500台分だけでは、費用対効果が少ないはず。もしかしたら・・・ねぇ。
もしかしたらの通り、数か月後の12月、正式発売!!
差が縮まることはないにせよ、20年近くの時を経て、ホーネットを手に入れました。
当時から定評の組み立てやすさを感じ取れましたし、20年後のマシンでは、難なく走るオフロードの直線で、突如スピンターンする当時の走りの挙動も、感じ取れました。
ミレニアムに2車種を「帰ってきました」させて、間が開きましたが、このホーネットの復刻で、「帰ってきました」のシリーズは続々登場。現在に至ります。私のホーネットは、しばらくの間、B4とともに走らせた後、2010年少し前に台数を減らしたい理由から、手放しました。
しかし、改造とは言わない試したかったことがあって、心残りな感じもしました。